財界が仕掛ける「フレクシキュリティ」という新しい罠

経済アナリスト 森永卓郎

2009 929

 

 民主党が政権をとったことで、派遣労働問題において大きな進展が予想される。かねてから民主党は、一部の専門的な技能を持つ人を除き、製造業への派遣労働禁止を言っているからだ。連立を組む社民党も以前から強く主張していることなので、遅かれ早かれ実現するとみていいだろう。

 製造業への派遣労働が解禁されたのは、2004年の小泉内閣時代のことである。専門労働者ではない単純労働者への派遣解禁については、労働者の使い捨てにつながるという懸念があったのだが、それはまさに現実のものとなった。

 昨年暮れから今年にかけての派遣村問題、ワーキングプアー問題など、すでに大きな社会問題化しているのはご存じの通りである。しかも派遣切りにあった人の2%強は、同時に住む家までも失って、ハウジングプアーなどということばまで生まれたほどである。

 製造業への派遣禁止が実現すれば、2004年以前の姿に戻るわけだ。わたしも製造業への派遣はやめたほうがいいと思っている。というのも、厚生労働省が20098月に発表した調査によると、200810月から2009年9月までの1年間で派遣切りにあった人のうち、なんと97.5%が製造業で働く労働者だったからだ。つまり、派遣切り問題は製造業問題なのである。

 しかし、大規模な製造業の経営者からすると、派遣禁止という措置は派遣労働者を雇用調整の安全弁として使えなくなることを意味する。だが、いったん味をしめた彼らが、そのままおとなしく引き下がるとは思えない。彼らは次にどういう手を打ってくるのか。そこで注目されているのが、「フレクシキュリティ」という考え方である。

 

デンマークの成功事例を引き合いに推進をもくろむ

 

 フレクシキュリティといっても、国民の多くにとって、まだなじみのないことばかもしれない。だが、経済学者や財界人の間では、なにかと話題にのぼっている用語なのである。

 フレクシキュリティというのは、フレクシビリティ(雇用の柔軟性)とセキュリティ(雇用の安全性)を合わせて作られた造語である。

 これは、企業に自由な解雇権を認める一方で、失業した人に対しては、失業給付と職業訓練、さらには新しい就職先の紹介といった手厚い再就職支援をするという政策だ。これによって、企業にとっての雇用の柔軟性(雇用調整のしやすさ)と労働者にとっての雇用の安全性が、同時に達成できるという理屈である。

 フレクシキュリティについては以前NHKテレビで取り上げられたことがあり、わたしにもコメントが求められたことがある。なぜ、今になって財界の人びとがこうしたことを言い出してきたのかといえば、デンマークという成功事例があるからだ。

 デンマークでは、原則的に企業が自由に労働者を解雇できることになっている。その場合、理由を明らかにして解雇予告をする必要はあるものの、理由さえ明示すれば解雇できるわけである。その一方で、解雇された人に対しては、国や企業が手厚い就職支援を行うことになっている。そうした労働政策の結果、デンマークの2008年の失業率は3.4%と、極めて低い水準にある。1人当たりのGDP2007年で36139ドルと、OECD諸国のなかでもかなり高い。

 フレクシキュリティの導入を主張する人たちは、この点を強調しているわけだ。企業が自由に雇用調整でき、労働者も職業訓練をして新しい産業に移ることができれば、失業も少なくてお金もたっぷり手に入る世の中になるというのである。デンマークを引き合いに出して、「どうですか。国民全体がハッピーになれる制度でしょう!」と推進をもくろんでいるわけだ。だが、ここには大きな罠が隠されているとわたしには思えてならないのである。

 

リーマンショックで明らかになったフレクシキュリティのマジック

 

 はたして、デンマークのフレクシキュリティは、本当に日本のモデルとして適当なのだろうか。

 実は、同じ西欧の国でも、デンマークとは正反対の労働政策を進めている国がある。それは、デンマークとはドイツをはさんだお隣にある国、オランダである。

 オランダは、デンマークとは異なって解雇に対する規制が極めて厳しい。労働者を解雇しようと思ったら、地域の「職業所得センター」という地方労働委員会のような組織に申請して許可を得なくてはならない。あるいは、裁判所の決定を必要とする。しかも、実際には職業所得センターへの申請はあまり行われないために、事実上ほとんど解雇できないような状態である。少なくとも日本より解雇規制が厳しいことは間違いない。

 では、そのオランダとデンマークの数字をくらべてみるとどうなっているのか。オランダの2008年の1人当たりGDP4278ドルとデンマークを上回っており、失業率は2.8%とデンマークの3.4%より低い。

 さらに注目すべきなのは、昨年の10月のリーマンショック以来の失業率の変化である。デンマークの失業率は2009年に入って急上昇して、6月には6.3%までに上昇して日本を追い抜いてしまった。一方、オランダの失業率は3.3%にとどまっている。

 これは何を意味しているのかといえば、フレクシキュリティというのは単なるマジックにすぎなかったということだ。解雇規制を緩めてもしっかりと再就職支援をやっていけば、雇用は安定して経済が向上するというのは、一見もっともらしく聞こえるが、大きな不況がやってきたとたん馬脚を現してしまったのである。

 解雇規制の厳しいオランダでは失業者はそれほど増えなかったが、規制の緩いデンマークでは片っ端から解雇して失業者が倍増してしまったのだ。フレクシキュリティの導入を云々している人たちは、この事実をきちんと見つめるべきである。

 

不況期に解雇されたら、次の就職先はない

 

 不景気であるとないとにかかわらず、この20年ほど、財界の人びとはなんとかして自由に雇用調整ができるよう躍起になっているように見える。派遣労働の拡大もそうであり、採用には至らなかったがホワイトカラー・エグゼンプションもそうだった。

 おそらく、今年はこのフレクシキュリティを持ち出してくることだろう。だが、解雇規制を緩めて失業率が下がるというのは、リーマンショック以後のデンマークの例を見れば、単なるマジックでしかないことを国民は知っておくべきである。

 どんどん解雇していい国と、解雇していけない国とを比較して、景気が下がったときに、どちらが失業率が増えるのか、誰が考えても自明である。いくら職業訓練をしても、景気が失速しているときは再就職先などないのだ。

 ところが、わが国の経済学者と呼ばれる人の多くや財界寄りのシンクタンクが、ここ数カ月なんとかしてフレクシキュリティを日本にも持ち込もうとして、ばかばかしい議論を重ねてきたのである。

 はたして彼らは、現在のデンマークの失業率をどう説明するのか。

 フレクシキュリティは今年の新語であり、『現代用語の基礎知識』にも登場することとなった。もしかすると、今年から来年にかけて大流行して、流行語大賞の候補になるかもしれない。だが、その内容はマジックどころかインチキ極まるものであることを、今のうちからわたしは声を大にして明らかにしておきたい。

 こんな経済状況で万一導入されたら、失業者が増えるだけであることは火を見るより明らかだ。ホワイトカラー・エグゼンプションと同様に、静かに消えていってほしいものである。

 

城繁幸公式ブログ Joe’s Labo

 

森永卓郎という日本の癌  その他 / 2009-10-02 11:02:34

 

日経BPのモリタクコラムは、読むと頭に血が上るので

読まないことにしているが、コメントにいくつも貼られて

いたのでつい読んでしまった。

まず、フレクシキュリティの完全否定には驚いた。

今時、こういうスタンスの論者は他にいないのではないか。

既存左派だって条件付ながら、流動化に理解を示している

人の方が多いのだ。内容についても非常にバイアスがかかっている、

というより明らかな間違いがほとんどだ。

まず、「オランダが解雇規制が強い」なんて言っているのは

彼と辻元清美くらいのもので、地域の職業所得センターの許可が必要なのは

その通りだが、違法解雇でなければ通常は認められるし、仮に無効とされても

金銭解雇自体は認められているから、実際のところは流動性は高い。

日本の場合は、単に法律だけを見れば「2週間前に予告」すれば、民法上はいつでも

解雇可能となっている。だが実際には判例で解雇権濫用法理が形作られてきたわけで、

現実にはガチガチの解雇規制国家だ。法律の文言だけを見比べて

「オランダは解雇規制が厳しい、日本は緩い」

というのは、実務を知らない評論家の戯言に過ぎない。

先入観だけでモノを語るなと言いたい。

それから、以下の考えもミスリーディングだ。

「どんどん解雇していい国と、解雇していけない国とを比較して、景気が下がった

ときに、どちらが失業率が増えるのか、誰が考えても自明である」

原資の額は法では増やせない以上、解雇を禁じても、新規採用抑制か海外移転を

引き起こすだけであり、国内で支払われる人件費の額は変わらない。

いや、むしろ高給取りの賃下げも出来ない日本では、新人や非正規といった低賃金層が

切られることによって、失業率は高まっている可能性がある。

ついでに言うと、こっちの記事も大嘘八百だ。

日本の法人税は世界最高水準であり、OECD平均と

比べても大きな差がある

ASEAN+NIES諸国はさらに低く27%前後であり、これが製造業への重大なハンデに

なっている。グラフではドイツは38%となっているが、08年に30%に引き下げている。

理由は、森永の一押しのオランダが29.6%と低く、ドイツ企業がどかどか移転して

いたためだ(ちなみにオランダも07年に25.5%に引き下げた)。

こういう中で法人税引き上げを実施すれば何が起こるか、言うまでもない。

なぜ森永は、こんな嘘八百を恥ずかしげも無く公言できるのか。

理由ははっきりしている。森永卓郎自身のお金儲けのためだ。

森永は90年代の三和総研時代からメディアに露出するようになった。

一時はラジオのためにホテル住まいをするほどの激務だったという。

だが、メディアはそれに見合う旨みも多い。出演料に加え、知名度が高まることに

よる著作の印税、講演料などの二次三次的収入が雪だるま式に増えるためだ。

三和末期、彼の年収は一億円ほどにもなったという。

そりゃサラリーマンなんてバカバカしくてやってられなくなるだろう。

かくしてテレビ芸人になった森永にとって、目下最大の関心は

「いかにして自分がテレビに出続けるか」である。

正統派の経済学では視聴者受けしない。というか、それではメディアも森永なんて

三流にはオファーしない。他にいくらでも学識のある経済学者は存在する。

そこで彼が選んだのは、常に大衆受けし、既得権に触れず、一見すると弱者に

優しい経済学路線だった。こうして、バラエティには出ずっぱりだが、経済誌の

エコノミスト座談会にはけして参加しない、おかしな経済学者が誕生することに

なったのだ。

ちなみに三和総研時代、森永は事業部ごとのシビアな業績連動性を採用し、会社を

ごりごりの成果型賃金制度にシフトさせた実績がある。

今の主張と180度真逆なことをやっていたわけだ。

以上が、僕が森永卓郎という男を毛嫌いする理由である。

たとえば共産党の志位さんなんかは、主張は真っ向対立していても、別に悪感情は

抱かない。あのピュアな瞳を見れば、いっちゃってるから責任能力は問えないな

という気がする。

だが森永は別だ。

たとえば、彼が批判する大企業のトヨタなどは、数万人規模の雇用を作り、多額の

税金も担うことで社会に貢献している存在だ。ところが森永は、日本の足を引っ張る

ことで、トヨタの経営陣以上の収入を得ているわけだ。

森永卓郎は東大の恥であり、日本の癌だ。

日経BPも、こんな恥さらしの駄文を垂れ流すのは、そろそろ控えた方がよい。

 

城氏の指摘は事実か?

OECD統計でみると、オランダの雇用保護の厳格性はドイツと並んで際立って高い。

 

OECDによる

雇用保護の厳格性:Strictness of employment protection

http://stats.oecd.org/Index.aspx?QueryId=251

 

正社員のみ

 

1990

1995

2000

2005

2008

アメリカ

0.17

0.17

0.17

0.17

0.17

イギリス

0.95

0.95

1.12

1.12

1.12

フランス

2.34

2.34

2.34

2.47

2.47

ドイツ

2.58

2.68

2.68

3.00

3.00

デンマーク

1.68

1.63

1.63

1.63

1.63

オランダ

3.08

3.08

3.05

3.05

2.72

日本

1.87

1.87

1.87

1.87

1.87

正社員+非正社員

 

1990

1995

2000

2005

2008

アメリカ

0.21

0.21

0.21

0.21

0.21

イギリス

0.60

0.60

0.68

0.75

0.75

フランス

2.98

2.98

2.98

3.05

3.05

ドイツ

3.17

3.09

2.34

2.12

2.12

デンマーク

2.40

1.50

1.50

1.50

1.50

オランダ

2.73

2.73

2.12

2.12

1.95

日本

1.84

1.84

1.43

1.43

1.43

 

 

オランダの解雇規制が強いと言っているのは森永と辻元清美だけか?

 

日本の労働市場制度改革−問題意識と処方箋のパースペクティブ−

()経済産業研究所 光太郎 2008 5

「日本の解雇規制は国際的にみてどれほど強いのであろうか。解雇規制の強さを指数化したOECDの分析によれば(雇用保護制度指数)、日本は正規雇用については比較的規制が強い部類、有期雇用については逆に比較的規制が弱い部類に入る。したがって、正規雇用の有期雇用に対する相対的な解雇規制の強さを試算すると、90 年代以降の非正規雇用の規制緩和もあって、OECD諸国の中では第四位とかなり高い順位になっている(図1

 

 

解雇規制を緩めたデンマークとオランダで失業率はどう変わったか

(OECDデータベースより)

 

 

デンマーク

オランダ

日本

アメリカ

2006

3.9

3.9

4.1

4.6

2007

3.8

3.2

3.9

4.6

2008

3.4

2.8

4.0

5.8

2009

6.0

3.7

5.1

9.3

Apr-10

7.5

4.5

5.1

9.9

May-10

7.4

4.5

5.2

9.7

Jun-10

7.4

4.5

5.3

9.5

Jul-10

7.3

4.6

5.2

9.5

Aug-10

7.3

4.5

5.1

9.6

Sep-10

7.6

4.4

5.0

9.6

+3.7

+1.5

+1.9

+5.0