経済社会学第7

消費税引き上げは本当に必要か

1.          引き上げのタイミングの悪さ

大きな震災のあと、数年間は景気は持ちこたえるが、その後、恐慌に陥る

                                  

2.日本の財政は破綻していない.

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(出所)菊池英博『消費税は0%にできる』ダイヤモンド社 2009.7.16


3.日本の消費税率は本当に低いのか

           消費税率(標準税率)の国際比較

20091月現在)

付加価値税率(標準税率)の国際比較(未定稿)

(備考)

1.日本の消費税率5%のうち1%相当は地方消費税(地方税)である。

2.イギリスにおいては、200812月から200912月までの間の時限措置として、標準税率は従来の17.5%から15%に引き下げられている。

3.カナダにおいては、連邦の財貨・サービス税(付加価値税)の他に、ほとんどの州で小売売上税等が課される。(例:オンタリオ州8%

4.アメリカは、州、郡、市により小売売上税が課されている。(例:ニューヨーク市8.375%

5. IBFD"European Taxation Database"、各国大使館聞き取り調査、欧州連合及び各国政府ホームページ等による。

(出所)財務省税制ホームページ http://www.mof.go.jp/jouhou/syuzei/siryou/102.htm

 

4.消費税は社会保障財源として適切か

 

@    消費税の逆進性

A    企業負担がゼロになる

 

5.最も滞納が多いのは消費税

 

なぜ消費税を社会保障財源にしてはいけないのか

 

 2019年2月8日に、時事通信社は以下のようなニュースを配信した。

 

財務省は8日、国債と借入金などを合計した「国の借金」が、201812月末現在で11005266億円と過去最高を更新したと発表した。81日時点の人口(12435万人)を基に単純計算すると、国民1人当たりの借金は約885万円で、昨年9月末の前回発表時から7万円増加した。

 

 こうしたニュースに触れた多くの国民が、「一人当たり1千万円近い借金を抱えたら大変だ。増税は望ましくはないが、高齢化が進むなかで社会保障を維持するためには、消費税率を引き上げていくしか方法がない」と思い込んでしまう。

 実際、そう思っている国民は多いようで、2月に発売された明石順平「データが語る日本財政の未来」がベストセラーになっている。この本には、「株で大儲けした人や大企業ほど税負担が小さい」など、的確な指摘も含まれているが、基本的には「国債の60年償還ルールは、借金の先送り策だ」とか「国に資産があるとは言っても、売れないものばかり」と言って財政危機を煽り、増税の環境を援護しているという意味で、財務省が小躍りして喜ぶ内容であふれている。30年以上にわたって財務省が続けてきた、「日本の財政は先進国で最悪の水準であり、消費税率を引き上げていかないと日本の財政は破綻してしまう」というキャンペーンが、功を奏した結果だ。

 しかし、冷静に考えれば、日本の国債金利は、完全無借金のドイツと並んで、先進国最低の水準になっている。信用度の低い人からは高い金利を取るというのは、金融の世界の常識だ。それは、国家にもあてはまる。つまり、財政が悪化すれば国債金利が上昇するのだ。そのなかで、日本の国債金利が先進国で一番低い理由は、日本の財政が先進国で一番健全だからだ。ます、そのことから述べよう。

 

日本が抱える純債務は「普通」の水準

 財務省が公表している「国の財務書類」という統計がある。これは、国を企業に見立てて、損益計算書と貸借対照表を作成したものだ。この統計は、連結ベースでみるのが望ましい。連結というのは、国立大学や国立病院など、行政改革をアピールするために形式上民間になっているが、実質は国営であるものを、本来の国営とカウントし直したものだ。

 本稿執筆時の最新統計である2016年度末の数字をみると、連結ベースで国が抱える負債は、1470兆円だ。この数字が財政破たん論の根拠になっている。しかし、資産の部をみると、986兆円もの資産を日本政府は保有している。これは、断トツで世界一だ。つまり、日本の財政は、大きな借金をして、それを原資に預金をしているような状態なのだ。差し引きの純債務は483兆円だ。この年のGDPは538兆円だから、国が抱える本当の借金は、GDPの9割だ。これは、先進国として、ごく普通の借金のレベルだ。

 しかし、財務省や明石氏の本では、国が抱える資産は売れない資産ばかりだから、カウントしてはいけないという主張を展開している。例えば、道路は売れないだろうと言われると、そうかなと思ってしまう。しかし、日本の高速道路は、すでに株式会社化されており、売る気になったら、いますぐにでも売れる。一般国道も、証券化して、毎年の使用料を税金から支払う形にすれば、売却は可能だ。100兆円にものぼる米国債も、米国の顔色をうかがって売れないだけで、世界一流動性の高い証券は、米国債なのだ。

 私は、国有財産を叩き売れと言っているのではない。世界は、政府が抱える借金の額をみているのではなく、純債務、すなわち負債から資産を引いた額をみているということだ。だから、世界から見れば、日本の財政が悪いという認識そのものが存在しない。日本の財政は、「普通」なのだ。

 

日本の財政は世界一健全

 日本の財政は普通だとして、それでは、なぜ日本の国債金利は、ドイツと並んで世界一低いのか。その秘密は通貨発行益にある。

 非常に単純化して言うと、金融緩和というのは、銀行が保有している国債を日本銀行が買い入れて、代金として日本銀行券を支払うものだ。日銀は政府の子会社だから、政府部門全体としてみると、金融緩和のもう一つの顔は、国債を日銀券にすり替えるということだ。

 民間が持っていた国債が日銀券に変わると何が起きるのか。国債を持っている国民には、政府から毎年金利が支払われる。10年たったら、元本も返済される。一方、日銀券を持っている国民に金利は支払われない。10年たっても元本が返済されることはない。したがって、国債を日銀券にすり替えた瞬間に、政府の借金は消えるのだ。消える借金の額を経済学では、通貨発行益と呼んでいる。これまで通貨発行益は、世界中で何度も使われてきた。日本に限っても、明治維新の改革費用や太平洋戦争の戦費は、通貨発行益で賄われてきたのだ。

 しかし、通貨発行益を多用するとインフレになるということで、戦後の日本政府は通貨発行益に手を出さなかった。しかし、安倍政権が対峙したのはデフレだ。デフレ下では、インフレを心配する必要はない。そこで、安倍政権は、通貨発行益の大量生産に出たのだ。2016年度末に日銀が保有していた国債は、418兆円だ。つまり、この時点で通貨発行益が418兆円出ていたことになる。この通貨発行益と先に示した政府が抱える純債務と合算すると、政府が抱える純粋な債務額は、483兆円マイナス418兆円で、わずか65兆円ということになる。日本の財政は、ほぼ無借金なのだ。ちなみに、2019年2月10日現在で日銀が保有する国債は473兆円だ。これは、政府の純債務とほぼ同額だ。つまり日本の財政は完全無借金なのだ。

 

消費税増税は法人税減税のため

 財政上の必要性がないのに、なぜ政府は消費税率を引き上げようとするのか。その答えは、法人税を引き下げるためだ。2005年度に消費税の税収は10.5兆円で、一方の法人税の税収は14.9兆円だった。法人税収は、消費税収入の1.5倍も大きかったのだ。ところが、その後の度重なる法人税減税と消費税増税によって、状況は大きく変わる。2017年度の決算では、消費税収は17.5兆円と7兆円増えたのに対して、法人税収は12.0兆円と2.9兆円減少しているのだ。最近の企業は、空前の利益をあげているというのに法人税が減っているのは、法人税率を大幅に引き下げたからだ。実際、2005年度の法人税の基本税率は30%だったが、2017年度は23.4%になっている。その結果、企業の手元には大きな資金が残ることになった。いま企業の内部留保が400兆円を超え、現預金に限っても200兆円を超えている。企業は猛烈な勢いでお金を貯め込んでいるのだ。一方で、第二次安倍政権発足後だけで、実質賃金は5%も下がっている。こうした分配の不平等を是正する手段は、法人税率を引き上げて、消費税率を下げることだ。しかし、政府がやってきた政策は、真逆だし、今後とも真逆の政策を採ろうとしている。守銭奴と化した日本の企業をさらに太らせるために、消費税増税をする必要など、どこにもないのだ。

 

社会保障は企業と労働者で一緒に支えるべき

 社会保障というと、どうしても税金で支えられていると思われがちだ。もちろんその部分は存在するが、日本の社会保障の大部分は、実は社会保険制度で支えられている。例えば、勤労者の年収のうち、18.3%が厚生年金保険料として徴収され、10%前後が健康保険料で徴収される。そして1%前後が雇用保険料として徴収される。つまり、企業負担も含めれば、年収の3割程度が、社会保険料として納められているのだ。

このうち、雇用保険料は企業負担の方が大きいが、厚生年金と健康保険の保険料は、労使折半になっている。労働者と同額の保険料を企業も納めているのだ。ところが、厚生年金の保険料が段階的に引き上げられ、18.3%に達した2017年9月以降は、厚生年金の保険料は、引き上げられないことになっている。今後の高齢化に伴う社会保障負担増は、消費税率の引き上げで対応するというのが、政府の基本的な考え方だ。

 しかし、そこに大きな落とし穴がある。消費税は全額消費者が負担するものだ。企業は一切負担しない。つまり、消費税を社会保障の財源とするということは、今後進んでいく高齢化のコストを企業は一銭も負担しないということを意味するのだ。

 社会保障負担が厳しい時こそ、皆で力を合わせて支えなければならないのに、企業が一切負担しないというのは、明らかに無責任だ。

 スウェーデンの消費税率は、表面的には25%だ。軽減税率があるので、表面税率ほど実効負担は大きくないが、それでも日本よりも負担が大きいことは事実だ。しかし、その一方で、スウェーデンの社会保険料の労働者負担は日本の半分で、企業負担は日本の2倍だ。だから、日本が消費税率を引き上げる際には、社会保険料の労働者負担を引き下げ、その分企業負担を引き上げなければ、バランスが取れないのだ。しかし、日本でそうした措置が採られたことは一度もないし、検討された形跡もないのだ。消費税を社会保障財源にという言葉は、企業が社会保障負担をしたくないと言っているのと同義なのだ。

 東日本大震災から8年が経過して明らかになったことは、復興がほとんど進んでいない実態だ。復興を支えるために国民は、復興特別住民税を10年間、復興特別所得税を25年間支払い続ける。ところが、復興特別法人税はたった2年間で廃止されてしまった。さらに復興財源を支えるために行われた国家公務員給与の2割カットも、たった2年で廃止された。いまの政治は明らかに企業と官僚を優遇しているのだ。

 

富裕層は、消費税を一銭も負担していない

 消費税に逆進性があるという指摘は、よくなされている。収入が増えるほど、収入に占める消費の比率が下がるから、結果的に収入に占める消費税の負担率は、低所得者ほど大きくなる。厚生年金保険料などは、収入に比例して課せられる。本来なら、社会保険料も累進課税でよいはずだが、社会保障は、給付の段階で、比較的大きな所得再分配の効果を持っているから、収入比例の保険料率でも仕方がないのかもしれない。しかし、消費税を社会保障財源にあてると、収入の高い人ほど、収入に対する社会保障負担の比率が下がってしまう。これは、明らかに大きな問題だ。

 さらに多くの人が気づいていないが、富裕層は実質的に消費税を支払っていないのだ。その仕掛けはこうだ。富裕層はたいていの場合、自分の会社を持っている。そして、彼らの生活費は、その会社の経費として使われる。移動の車も、ガソリン代も、飲み会も、旅行も、ゴルフもすべて会社の経費だ。葬式も社葬にしてしまえば、会社の経費だ。さすがに結婚披露宴の費用を会社に負担させてしまうのは、カルロス・ゴーン被告くらいだと思うが、それでも富裕層の場合、大部分の生活費は、会社の経費になる。そして、会社の経費にできれば消費税の負担はなくなる。消費税には仕入れ控除の仕組みがあり、経費として支払った商品にかかる消費税は、全額還付されるからだ。

 つまり、消費税に逆進性があるなどというレベルの話ではなく、富裕層は一銭も消費税を負担していないのだ。だからこそ、彼らは、消費税率の引き上げに賛成するのだ。もともと払っていない税金の税率を引き上げられたとしても、痛くもかゆくもないというのが、富裕層の立場なのだ。

 

消費税は下げられる

 私は、いま政府が採るべき最優先の政策は、消費税率を引き上げるのではなく、逆に5%に引き下げることだと思う。少なくとも、リベラル派の政党は、そう主張すべきだ。消費税を5%に引き下げるのに必要な財源は、8兆円だ。その財源を得るのは、意外に簡単だ。手段はいくらでもある。

 一番単純な方法は、法人税率の引き上げだ。だから、現在30%の法人税の実効税率を43%に戻してやれば、8兆円の税収が得られる。1989年に消費税が導入される前の法人税の実効税率は50%だったのだから、43%の税率など何ともないはずだ。法人税率を引き上げると、外資系企業が日本から撤退してしまうという意見もあるが、それは詭弁だ。例えば、アマゾンは、そもそも日本で法人税をほとんど支払っていないのだ。

 第二の方法は富裕層への課税だ。キャップジェミニというフランスのコンサルティング会社が発表した2018年版の「ワールド・ウェルス・レポートによると、100万ドル(1億1000万円)以上の投資可能な資産を持つ富裕層は、日本に316.2万人もいる。彼らが保有する投資可能資産は、総額で847兆円だ。投資可能資産には、自宅や車などは含まれない。つまり純粋に遊んでいるカネだ。そこにたった1%の課税をするだけで、消費税を5%に引き下げられるのだ。

 第三の方法は、相続税の増税だ。相続税には様々な控除や減税措置があるため、大きな税収が得られていない。しかし、内閣府の「国民経済計算」によると、家計(個人企業を含む)の2014年末の正味資産は、2359兆円となっている。仮に30年で世代が入れ替わるとすれば、1年当たりの相続財産の発生は79兆円になる。ここにたった10%を課税するだけで、消費税を5%に引き下げることができる。もちろん、一律に課税したら、いまは庶民が支払っていない相続税を庶民も負担することになるが、相続財産というのは所詮あぶく銭だ。10%くらい税金と支払っても、問題はないのではないか。

 第四の方法は、分離課税の廃止だ。現在株式の売買益や配当、不動産の売買益は分離課税といって、一律の税率が課せられている。例えば、株式の売買益や配当は20%の税率で地方税も含めて納税が完了する。そうした優遇措置を廃止して、すべての所得を合算して累進課税を適用するのだ。分離課税廃止による税収増の推計はむずかしい。しかし、国民経済計算によると、利子や配当など、家計の財産所得の受け取りは27兆円ある。また、ここには株式や不動産の売買益は含まれていない。税務統計でみると、安倍政権発足後は、譲渡益はおおむね10兆円を超えている。だから、それを加えると40兆円程度の財産所得があるとみられる。総合課税化によって、税率を20%高めることができるとすると、税収は8兆円となるから、これだけで消費税を5%に下げられるのだ。

 その他にも、タックスヘイブンに逃げている資金への課税を強化したり、アマゾンなど、日本でほとんど法人税を支払っていない外資系企業への課税を強化したり、庶民が負担しない形で、消費税引き下げのための財源を確保する方法はいくらでもある。

 もちろん税制改革は、激変緩和措置が必要だったり、実現まで時間がかかるという問題もある。しかし、当面の消費税引き下げの財源は、赤字国債の増発でよいだろう。その分だけ日銀が国債保有を増やせば、通貨発行益がその分生まれるので、財政は悪化しないからだ。

 そんなことをして、大丈夫かと思われる方もいるかもしれない。しかし、2019年2月のマネタリーベース(現金+日銀当座預金)の対前年伸び率は4・2%だ。これは、民主党政権時代の強烈な金融引き締めを行っていた時代と同じレベルだ。金融緩和の出口論が議論されているが、日銀はとっくに出口を出てしまっている。日銀が国債購入を抑制している最大の理由は、買い取る国債のタマが不足しているからだ。無理して国債を購入すると、国債金利が上昇してしまうので、身動きが取れなくなっているのだ。

 だから、金融緩和で日本経済を正常に保つために、いま必要なものは新規国債、つまり財政赤字なのだ。

 ただ、そういう話をすると、そんなことをしたらハイパーインフレになってしまうという見方をする人が多い。確かに、太平洋戦争のときには、戦時国債を日銀が大量に引き受けて、戦費にあてたため、高率のインフレがもたらされた。戦争中のどさくさで、正確な統計が残っていないのだが、日本政府が支出した戦費は、GDPの9倍と言われている。その大部分が日銀の国債引き受けに伴う通貨発行益だったと考えると、それくらいのことをやると高率のインフレが起きることになる。

 しかし、現在の日銀の国債保有はGDPの金額にも達していない。だから、通貨発行益をインフレにせずに獲得できる天井は、相当高いと考えるべきだ。

 景気動向指数が3か月連続で悪化するなど、いま日本経済には不況の気配が着々と忍び寄っている。この状態で消費税増税などしたら、日本経済は再びデフレの悪夢にさらされることになる。

 いまこそ、勇気を出して、消費税率の引き下げを国民の声として、共有すべきだろう。

 

亜紀書房『反緊縮宣言』2019.5.より 森永卓郎執筆分