経済社会学#3

社会民主主義の興隆と変容

 

1.共産主義にいたる第二の道

 1905年の最初のロシア革命は皇帝の政府によって制圧されてしまったが、1917年には政府が完全に崩壊し、ソビエト連邦が成立した。この後、中国などにも共産主義政権が広がっていくが、こうした共産主義化とは異なる動きが20世紀初頭に欧州で進んだ。

 ドイツ社会民主党の指導者エドゥアルト・ベルンシュタイン(1850年〜1932)は、共産主義を批判し、国家を存続させ、労働者だけでなく中間層も含めた改革を進めることで、最終的な共産主義を目指すべきだと主張した。

 

ベルンシュタインの言葉

 資本主義が破滅するまで、革命の実現を待っているわけにはいかない。民主主義が約束する合法的な機構を利用して、政治や経済のシステムを段階的に改革しよう。そのためには、労働者だけでなく、社会の中間層支持を得ることが肝要だ。そうすることによって、段階的に民主主義を発展させ、労働者の状況を改善しながら、社会主義を達成することができるだろう。

 

社会民主主義の特徴

@    大きな政府による手厚い福祉(高負担高福祉)

A    広範な規制にもとづく安定的な経済運営

B    厳しい解雇規制と平等な所得分配

 

 社会民主主義は、労働者の処遇を改善したが、国家自体を否定しなかったために、国家権力の延命装置となり、社会主義への橋渡しとはならなかった。また、高負担が災いして経済の活力が失われ、低成長、高失業の弊害が出たため1980年代以降、社会主義政権自身の手で解体されてしまったとされる。

 しかし、現在でも大陸欧州諸国は社会民主主義の様相を色濃く残している。


付加価値税率(標準税率)の国際比較

付加価値税率(標準税率)の国際比較

(備考)1 .日本の消費税率5%のうち1%相当は地方消費税(地方税)である。

.カナダにおいては、連邦の財貨・サービス税(付加価値税)の他に、ほとんどの州で小売売上税等が課される。(例:オンタリオ州8%

.アメリカは、州、郡、市により小売売上税が課されている。(例:ニューヨーク市8.375%

(出 所)  IBFD"European Taxation Database"、各国大使館聞き取り調査、欧州連合及び各国政府ホームページ等による。

(出所)財務省ホームページ

 


個人所得課税の実効税率の国際比較(夫婦子2人の給与所得者)

個人所得課税の実効税率の国際比較(夫婦子2人の給与所得者)

() .個人所得課税には、所得税及び個人住民税等(フランスでは、所得税とは別途、収入に対して一般社会税(CSG)等が定率(現在、合計8%)で課されている)が含まれる。

.日本は子のうち1人を特定扶養親族、アメリカは子のうち1人を17歳未満、イギリスは子を2人とも1歳以上としている。

.日本の個人住民税は所得割のみである。アメリカの住民税はニューヨーク州の所得税を例にしている。

.日本は税源移譲(平成19年(度)から実施)後の実効税率である。

.アメリカでは、一定の納税者について上記において行った通常の税額計算とは別の方法による計算を行い、高い方の税額を採用する制度(代替ミニマム税)がある。

.邦貨換算レート:1ドル=117円、1ポンド=220円、1ユーロ=149円(基準外国為替相場及び裁定外国為替相場:平成18(2006)6月から11月までの間における実勢相場の平均値)。

.表中の数値は、給与収入 1,000万円、2,000万円及び3,000万円の場合の各国の実効税率である。

(出所)財務省ホームページ

 

※欧州は、消費税率も高いが金持ちの税率も高い

公的年金給付の現役世代手取り収入に対する所得代替率

(出所)OECD“Pensions at a Glance 2007”

 

欧州の年金は充実している。
生産労働者の年間総実労働時間(製造業、2005年)

年間総実労働時間の比較(製造業・生産労働者)

 

(出所)日本労働研究研修機構『国際労働比較』2007

 

※欧州の労働時間は極端に短い
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(出所)社会実情データ図録http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/index.html


 

(参考資料)森永卓郎『リストラと能力主義』講談社新書

 実は、そのワークシェアリングを国全体で行って大成功を収めた国がある。オランダである。最近のビジネス界では、経済の成功例として引き合いに出されるのは、アメリカやイギリスで行われている全面的な市場原理採用の経済システムばかりだが、オランダはまったく違うアプローチで、低い失業率と安定した雇用関係、さらには安定した経済成長を続けている。そして、その繁栄は「ダッチミラクル」とも呼ばれるようになっているのである。

 オランダでは、一九八二年に賃金の抑制やパートタイム雇用の促進などを定めた政労使による「ワッセナー合意」がなされ、ワークシェアリングを積極的に進める雇用政策がとられるようになった。

 オランダのワークシェアリングは、膨大なパートタイム労働者を創り出すことが中心になっている。パートタイム労働者数を増やす仕掛けは、大きく分けて二つあった。一つは、フルタイマーとパートタイマーの均等待遇を確保したことである。パートタイマーの賃金額はフルタイマーよりも低いが、それは労働時間の短い分だけ低いのであって、時間当たり賃金は同じになっており、このことは法律的にも担保されている。

 日本の場合には、正社員と同じ生産ラインについて正社員と同じ作業をしているのに、わずかに労働時間が短いだけで「パートタイマー」という扱いになっている人がかなりいる。ところがパートタイマーという名前がつくだけで、賃金は正社員よりずっと低くなってしまうのである。ちなみに「賃金構造基本統計調査」によると、九八年の賞与も含めた一般労働者の平均時給は二三二七円、これに対してパートタイマー労働者の平均時給は一○八一円となっている。日本の場合はパートタイマーの時給は一般労働者の半分以下にしかならないのだ。これでは、世帯主の一般労働者は、パートタイマーに「転職」することなど事実上できないだろう。

 オランダの場合、パートタイマーの均等待遇が確保されるのは、時給に限られない。社会保障の適用に関してもパートタイマーとフルタイマー間の均等が守られているし、パートタイマーがフルタイマーと同じ条件で企業年金にも加入することができる。つまり、労働者は何らコストを支払うことなく、自由に自分の労働時間と給与額の組み合わせを選ぶことができるのだ。

 また、オランダのパートタイマー増加にはもう一つ重要な要因がある。それは解雇制限が厳しいということだ。労働者の解雇を行おうとする会社は地方労働局長の許可をとらなくてはならず、書面による解雇理由の開示なども必要となっている。だから企業はそう簡単に従業員の首を切れない。そうした制約のなかで、フルタイムの従業員がパートタイマーに転換してくれれば企業として雇用調整になるし、逆に雇用を増やす場合でもフルタイマーを雇うよりパートタイマーの方がリスクが小さい。パートタイマー増加による雇用形態の柔軟化は、企業側からみてもメリットが大きいのである。

 こうした施策の結果、七○年代に二○%そこそこだったオランダのパートタイマー比率は、九七年には三七・九%とほぼ倍増した。九七年のデータでみると、女性のパートタイマー比率は六七・六%、男性でも一七・○%に達しているのだ。

 しかも、この高いパートタイマー比率は、強要されたり、やむを得ず選択されたものではないのだ。ヨーロッパ統計局の調査によると、オランダで「フルタイム労働を望まない」からパートタイマーを選択した者の比率は七二・九%とほぼ四分の三を占め、「フルタイムの就業が見つからないから」パートタイマーをしている非自発的パートタイマーの比率は、わずか五・五%に過ぎないのだ。(労働省、『一九九八年海外労働情勢』による)。

 人にはそれぞれ異なる家庭の事情やライフスタイルがある。労働時間を自由に選択できたらフルタイムを選ばない人は多いのだ。労働時間の自由選択が普及してパートタイマーを選択する人が増えても、労働時間を短くするかどうかは本人の選択であるから、雇用不安が起こるなどということはあり得ないのである。

 さて、こうした雇用の柔軟化を行ってきたオランダで、経済はどのようなパフォーマンスを示すようになったのだろうか。九七年のオランダの失業率は五・五%である。日本よりは高いが、ドイツの失業率が一二・七%に達するなど、総じて高いヨーロッパの失業率から考えると、極めて優秀なパフォーマンスを示しているのだ。経済成長率をみても、九三年から九八年にかけての五年平均の実質伸び率で三・二%と、十分な伸びを確保している。

 なぜオランダがこうした良好な労働市場と経済パフォーマンスを維持できるのだろうか。その第一の要因は、アメリカやイギリス経済が好調な原因と同じで、労働市場の柔軟性が確保されているからであろう。ただし、アメリカやイギリスが「雇用調整」で労働市場の柔軟性を確保しているのに対して、オランダは「労働時間調整・賃金調整」で柔軟性を確保したのである。

 むろん、企業の側からみると、オランダ方式は企業の思いのままには労働投入量を変化させることができないというデメリットがある。しかし、オランダ方式は企業にとっても、アングロサクソン方式よりも大きなメリットを同時に持っている。それは、従業員のスキルが温存されるということだ。職業能力開発には極めて長い時間が必要である。特に企業固有のスキルは、中途採用をしても簡単には補充できない。ところがパートタイマーとして既存の従業員を温存しておけば、その従業員が保有している技術やノウハウはそっくりそのまま生きるのである。

 オランダ方式の雇用政策が成功を収めた要因として、もう一つ重視すべきなのは、労働市場の構造改革を極めて長い時間かけて達成してきたということである。パートタイマーの拡大施策はすでに七○年代に始まっている。二○年以上の時間をかけてじっくり構造改革に取り組んだからこそ、労働者の不安や混乱もなく、政策の効果をあげることができたのだ。