リーマンショックの発生
1.アメリカで何が起こっているのか
2008年9月15日に米国証券第4位のリーマン・ブラザーズ証券が経営破たんして以降、アメリカの金融業界が激震に見舞われている。同日に証券第3位のメリルリンチがバンクオブアメリカに身売りした。さらに23日には、第2位のモルガン・スタンレーに三菱UFJフィナンシャル・グループが最大9000億円の出資を決め、そして翌24日には第1位のゴールドマン・サックスが5300億円の公募増資を行うと発表した。ゴールドマン・サックスはウォーレン・バフェット氏の投資会社バークシャー・ハザウェーにも5300億円の優先株を発行しており、合計1兆600億円の増資となる。
米国証券業界では、半年前に第5位のベーア・スターンズ社が、JPモルガンに身売りをしており、これで、わずか半年の間に全米第3位から第5位の証券会社が姿を消し、上位2社も大きな資本を受け入れざるを得なくなったことになる。まさに総崩れだ。
こうした状況は、サブプライムと呼ばれる低所得者向けの高金利住宅ローンがこげついたことが原因だと言われるが、それは正しくない。それをマクロから検証してみよう。
アメリカのGDPは、約1500兆円で、その4・5%、すなわち70兆円程度が住宅投資になっている。それがすべて住宅ローンでまかなわれていたとしても、住宅ローンのなかでサブプライムローンの占める割合は2割だから、年間のサブプライムローンの供与額は14兆円となる。サブプライムローンのブームは3年程度だったから、融資総額は42兆円だ。ただし、融資がこげついても、担保となっている住宅を処分すれば半分近くが回収できるから、損失はせいぜい20兆円台ということになる。ところが、今回の金融危機で、金融機関自身が行った損失処理は、30兆円を超えている。つまり、サブプライムローンの損失処理は、すでに終わっていると考えてもよいのだ。
ところが米国政府は、9月20日に金融機関が抱える不良債権を最大75兆円買い取る法案を議会に提示した。なぜこんなに大規模な買取りが必要となるのか。
その答えとなるのが24日にIMF(国際通貨基金) のストロスカーン専務理事が行なった発言だ。今回の金融収縮に伴う損失は世界で138兆円に達する見込みだというのだ。これが正しければ、アメリカの金融機関はサブプイライム以外に100兆円以上の損失を出していることになる。私は正しいのだと思う。投資家からの資金に何倍もの借金を加えて水増しした資金で不動産を取得し、それを証券化する。それに格付け会社が高い格付けを与えるから、金融機関は安心して買う。しかし、レバレッジ(てこ)を使って資金を何倍にも増やしているから、不動産が値下がりしたときの損失も、何倍にも膨れ上がる。
日本の不良債権の場合は、担保不動産の値下がりが原因だったから、損失の額は自ずと明らかだった。しかし、今回のアメリカが創り出した不良債権は、下手をすると全損の可能性もあるのだ。
信用バブルに踊ったのは企業だけではない。アメリカの住宅ローン利用者は、購入した住宅の価格が上昇したり、金利が下がった場合、借り換えで借入額を増やし、差額を現金で受け取る「キャッシュアウト」をしばしば利用した。何も働かずに、住宅価格が上昇しただけで、新車が買える資金が転がり込んできたのだ。アメリカの旺盛な消費は、こうした資金に支えられていた。もちろん、それは信用バブルのおかげだった。
2.投機資金の誕生とアメリカの繁栄
現在、アメリカは70兆円もの経常収支赤字を出している。これは、国内で作られる財やサービスより70兆円も余分に消費や投資をしていることになる。家庭で言えば、収入に見合わない豪華な家に住んで、贅沢な暮しをしているということだ。70兆円の赤字というのは、もちろん世界最大だ。ところが、そんな大赤字を出しながらも、アメリカ経済はビクともしない。それは、高金利につられて、赤字を大きく上回る投資資金が入ってきているからだ。家庭でいくら赤字を出しても、金を貸してくれるところがある限り、家計が破たんすることはない。しかもアメリカは、ただ単に浪費を繰り返しているわけではない。余分に入ってきた資金を元手に、世界中で投機を繰り返して、金儲けをしてきた。それが、最近のアメリカが作り上げたビジネスモデルなのだ。
アメリカを中心とする投機資金が、最初に大規模な攻撃を仕掛けたのが、1997年のアジアの金融危機だった。韓国やタイなどのアジア諸国は、海外からの投資資金の導入で急速な開発を進め、順調に経済を拡大していた。投資資金が順調に入ってくれば、為替も実力以上に高くなる。ある意味でいまのアメリカと同じ状況だ。
アメリカの投機資金はそこに目をつけた。アジア諸国の通貨に猛烈な売りを仕掛けたのだ。アジア諸国は、通貨が暴落したら困る。海外からの借金はドル建てでしているのだから、返済が莫大になってしまうし、何より輸入ができなくなってしまう。そこで、通貨当局は、外貨準備を使って自国通貨の買い支えに入った。手持ちのドルを売って、自国通貨を買うのだ。ところが、投機資金のアジア通貨売りは止まらない。結局、外貨準備は底をついてしまった。
そこに、アメリカが最大の出資者であり、アメリカの意向を汲んで動くことの多いIMFから悪魔の誘いがやってくる。「救済融資をしましょう。ただし、融資には構造改革をしてもらわなければなりません」。
IMFの出してきた条件は膨大なものだったが、例えば韓国政府には、「韓国の銀行は、外資の買収に対して防衛策を講じてはならない」という条件まで呑ませた。結局、韓国のメガバンクは、軒並み外資に二束三文で買収されることになった。その後も、アメリカの投機資金は、日本の不良債権処理、欧米の不動産、原油、穀物、貴金属、一次金属など、次々に投機の対象を変えながら、世界中を暴れまわっている。そうしてアメリカの金融業は、世界最強となり、世界最大の付加価値を稼ぎ出してきたのだ。
しかし、ドル高を基盤とするアメリカの国際金融ビジネスモデルは、いま大きな曲り角を迎えている。もしかしたら、ドルが長期低落傾向になっていく可能性はかなり高いのではないかと思われるのだ。その理由は二つある。
一つは、ドル高を維持してきた高金利が失われたということだ。サブプライムローンのこげつきに伴う信用不安に伴う景気後退を防ぐため、米国連邦準備制度理事会は、2007年秋から累積で3.0%もの金利引き下げを行った。その結果、日米の金利差は急速に縮小している。一ドル=90円台への急速な円高進行によって、これ以上のドル安がないとみた投資家のドル買いは入ったが、中期的にみれば、ドルへの投資が有利でなくなったのだから、ドルへの投資資金は細っていくだろう。そうなれば、ドルは徐々に安くなっていかざるを得ないし、投資資金が細れば、アメリカが行ってきた投機の資金も減少していく。それは、アメリカの「主力産業」の停滞を意味する。
もちろん、アメリカの低金利は金融不安が解消し、再びまともな金利がつくようになれば解消される。しかし、もう一つドルが長期低落していく原因となりかねないのが、投機資金の行き場がなくなる可能性が高いということだ。アジアの金融危機や日本の不良債権は、確実な収益が見込める出来レースだった。ところが、いま行われている商品投機は、ゼロサムのゲームだ。値段を釣り上げられるコモディティは、もうあまり残っていない。
投資先を失えば、投機資金は消える。つまり、アメリカの世界を舞台にした投機資金自体が消滅してしまうこともあり得るのだ。
3.チキンレースの商品市場
原油、穀物、金など、これまで高騰を続けてきた資源価格が軒並み下落に転じている。もともと投機資金が創り出したバブルだったのだから、いずれ下落するのは当たり前なのだが、価格の推移をていねいにみると、一直線で下落しているわけではないことが分かる。
例えばニューヨーク商品取引所の原油先物価格は、7月11日に1バーレル=147ドルの最高値をつけたが、8月15日には111ドルの直近の最安値をつけた。1ヶ月あまりで24%もの値下がりだ。ところが、原油価格は、その後切り返し、8月22日には122ドルまで値上がりした。1週間足らずで今度は10%も値上がりしたのだ。さらに9月15日のリーマンブラザーズの破たんで90ドル台に値下がりしたが、4日後には130ドル台に暴騰し、そしてNYダウが1万ドル割れをした10月6日には87ドルまで値下がりしたのだ。こういう値動きをするから、「原油価格の下落は一時的現象で、再び上昇トレンドが復活するだろう」という見方をする人があちこちに出てくる。
(出所)フジフューチャーズHP
私は、中期的にはいまの資源バブルは必ず崩壊するとみているが、それまでに再び高騰局面が現れる可能性はゼロではないと思う。それは、市場の参加者が本来の価格を無視した買いに走るからだ。
私が最初にそれを知ったのは、外国為替のディーラーの話だった。私は、米ドルの購買力平価は、せいぜい1ドル=90円だとみている。だから、いまドルに投資をするのは、損だと考えている。ところが、ディーラーに聞くと、購買力平価などを考えている市場参加者は、どこにもいないと言うのだ。確かにドルは割高かもしれない。しかし、ドルが高くなる局面では、あえてリスクを取ってドルを買わなければリターンは取れないのだという。
株式のデイトレーダーの話を聞いたときもそうだった。彼は株式の配当利回りとか、PERとかPBRなどは一切見ないという。時には、その会社が何をしているかまったく知らずに買うこともあるそうだ。関心があるのは唯一「値動き」で、そのトレンドにいかにうまく乗るのかということだけを考えているそうだ。
私は商品ファンドのトレーダーとは付き合いがないが、本質は同じなのだと思う。いまの資源価格がバブルだということは百も承知だが、そんなことはどうでもいい。いかに高い収益を上げるのかが、唯一の関心事なのだ。だから暴落の恐怖と闘いながら、買い続けるしかないのだ。
そうした傾向は、最近むしろ強まっているのではないだろうか。外資系金融への人材紹介を手がけるエグゼクティブ・サーチ・パートナーズの調査によると、日本に拠点がある外資系金融機関で、サブプライム問題でリストラされた日本の外資系金融機関の従業員数は2万7819人中1109人にのぼった。リストラされるのは、業績を上げられなかった社員だ。だから、何とか業績を上げようと突っ走る。ほどほどのところで退こうとは考えなくなるのだ。
そうすると何が起こるのか。トレーダー同士が、危険を承知でチキンレースのようにバブル崩壊直前まで走り続けてしまう。そうなると、バブル崩壊は非常に大きなものになる。投資のプロがチキンレースをしているときに、衝突寸前のタイミングで、素人が同じように飛び降りられるはずがないのだ。
4.パックスブリタニカとパックスアメリカーナ
産業革命の結果、世界の工場となったイギリスは大きな富を手にし、強大な軍事力を身につけることで、世界の覇権を手にした。その結果、19世紀後半から20世紀前半にポンドは基軸通貨となった。ところが基軸通貨になると実力以上のポンド高になる。そうなると輸出が不利になるため、イギリスはモノづくりを捨て、金融立国に向かう。しかし、世界の高利貸しとして君臨し続けた国はない。膨大な軍事費の負担もあって、太平洋戦争の後、イギリスはアメリカに基軸通貨を譲ってしまった。覇権を失ったときのイギリスと今のアメリカは実によく似ている。モノづくりを捨てて金融立国に向かい、軍事費で莫大な財政赤字を抱える。皆同じだ。これから起きる変化は、ドルの長期低迷と基軸通貨のユーロへの移行だろう。もしかしたら我々は、大きな時代の転換期にたっているのかもしれない。
5.日本初の金融資本主義
信長の掲げる旗には永楽銭が描かれている。貨幣こそが、信長の経済政策の鍵だったからだ。信長は、それまで不安定だった貨幣の成分を安定させることにより、通貨の価値を高めることに成功した。そのことで、日本が初めて貨幣経済に移行することになったのだ。そして、信長は貨幣経済を活用した。
第一は、傭兵の活用だ。兵士を金で雇うことによって、一年中24時間体勢で戦える軍隊を作ったのだ。それまでの兵士は農民だったからから、農繁期には戦うことができなかった。それを農地から切り離し、戦う以外に生きる方法のない人を作ったのだ。そのことは、構造改革派が権利の守られた正社員をどんどん減らしていき、派遣労働者などの時間給の社員を増やしていったのと重なる。
第二は、関所の撤廃や楽市楽座の創設だ。だれでも自由に通行ができ、誰でも自由に市場で物を売れる。いわば規制緩和の断行だ。しかも信長の狙いは、自由取引による経済の活性化だけではなかった。関所や市場で徴収される税は、信長の対抗勢力である公家や寺社の収入源になっていた。信長はその収入源を潰しに行ったのだ。小泉元首相が公共事業カットや郵政民営化で経世会の既得権益を奪いにいったのと同じ構造だ。
第三は、論功行賞だ。対抗勢力を打ち破った功労者には、新たな支配権を与えることで、大名たちの忠誠心を獲得した。構造改革派が民営化した企業のトップに仲間を据えたり、不良債権処理で出てきた資産を二束三文でハゲタカに売り渡したりするのと同じだ。
ただ、こうしたやり方はフロンティアの喪失とともに行き詰まる。信長の後を継いだ秀吉が朝鮮出兵という無理をしたのも、フロンティアを喪失したからに他ならない。道路公団や郵政を民営化してしまうと、新たに論功行賞を与えるネタがなくなってしまう。また、不良債権処理が終わると、マネーの行き場がなくなってしまうのだ。
いま、行き場を失ったマネーは、商品投機に向かっている。しかし、原油や穀物の値段を上げるだけ上げてしまうと、またそこでもマネーは行き場を失うことになる。
日本でも戦国時代が終わったあと、江戸時代の安定の300年がやってきた。アメリカの投機資金が跋扈する戦国時代が終わったあとは、まともな金融が動き出す時代になるのかもしれない。